白血病の治療と研究に挑み続けた45年
化学療法から分子標的薬への変遷を見届けて(後編)
薄井紀子(東京慈恵会医科大学 客員教授、国領医院 院長)
2026.04.16
薄井紀子(東京慈恵会医科大学 客員教授、国領医院 院長)
東京都出身。桐朋学園小・中・高校を経て、1973年東京慈恵会医科大学に進学、79年に同大卒。同年5月より同大附属病院長直属の研修医として内科で研修を開始、81年5月に同大第3内科学教室医員。82年7月から癌研究会附属病院癌化学療法科臨床部医員、84年7月、静岡県富士市立中央病院内科勤務。85年9月に慈恵医大に復帰後、86年11月学位授与。88年10月より米国NIHに留学、92年9月に帰国後、慈恵医大第3内科学教室助手。同大内科学講座第3講師、血液・腫瘍内科助教授などを経て2013年4月より同大教授、附属第三病院輸血部診療部長。18年3月に退任し、4月より同大学客員教授、附属第三病院(現・同大西部医療センター)腫瘍・血液内科客員診療医長(23年3月退任)。18年5月に国領医院を開院。19年6月より社会保険診療報酬支払基金東京支部医療顧問、現在は東京都社会保険診療報酬審査委員会審査調整役。
CMLに対するイマチニブの効果に衝撃を受ける
臨床研究を通じて多くの新薬の育成に貢献
研究に夢中になっていた頃に、日本成人白血病共同研究グループ(JALSG)を設立された大野竜三先生がNCIを訪問され、「研究も大事だけど、このままだと臨床を忘れてしまうよ」と話されました。私は「そうですね。今取り組んでいる研究がもうすぐ一区切りとなるので、そうしたら帰ります」と答え、92年9月に帰国しました。4年間臨床を離れていたので、現場感覚を取り戻す意味もあり、93年4月から95年6月まで大森赤十字病院に第2内科部長として派遣されました。
95年に大学に戻り、まず、DCTP-3療法についての臨床研究に取り組み、DNRを白血病細胞(芽球)が十分に減るまで投与した治療成績とDNRの総投与量について解析しました。その結果、DCTP-3による治療で、CR率は76%、10年無病生存率(DFS)は31.2%、10年全生存率(OS)は42.3%であることが明らかになりました。これらの結果は、97年のASCOでポスター演題に採択され、98年の『J Clin Oncol』に掲載されました。
また帰国後は、JALSGの臨床研究にも積極的に参加し、プロトコール委員を務めるなど、学内外の仲間たちと白血病の治療成績の向上を目指しました。
初期研修時代には教科書以外の治療法が確立されていなかったAPLの治療は、大きく進歩しました。APL患者さんを対象にしたJALSG APL97研究とJALSG APL204の結果から、APLは分子標的薬のATRAの導入で長期のCRが得られることが明らかになり、再発時には亜ヒ酸で再びCRに導入でき、長期にCRを持続することが確認されました。つまり、APLは治癒可能な白血病になったのです。
慢性骨髄性白血病(CML)に対するチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の効果は衝撃的でした。慈恵医大第三内科に助手として勤務していた87年に、50代のCMLの男性患者さんを受け持ちました。春の健診で白血球増加を指摘されて来院、精査の結果、CMLと診断し、ブスルファンの内服治療を開始しました。89年春に腹痛、微熱、全身倦怠感を自覚し、芽球の増加を認めたため急性転化と診断し入院となりました。しかし、DNR+VCR+PSL併用療法など多くの化学療法に抵抗性で、1990年1月に高熱の持続、肺真菌症を合併し、白血病のコントロールが困難となり、4月に亡くなりました。当時、CMLは難治性疾患でした。
この状況を一変させたのが、2001年に米国と日本で相次いで承認されたTKIのイマチニブでした。イマチニブはそれまで5〜6年だったCMLの予後を大きく改善し、内服薬だけで長期の寛解維持が実現し、長期生存が可能になりました。女性患者さんでは妊娠・出産も可能となり、患者さんのQOL向上に大きく貢献しています。
JALSGでは、イマチニブが保険適用になって以降に登録されたCML患者さんを対象にしたJALSG CML202、207研究で、イマチニブ登場以前の治療成績と比較し、5年OSが55.7%から87.8%へと大幅に改善されたことなどを報告しました。CMLの治療パラダイムが大きく変化したことを私は臨床現場で経験し、臨床研究でも検証することになりました。
かつての化学療法が「絨毯爆撃」のようにがん細胞も正常細胞も攻撃する治療だとするなら、分子標的薬は文字通り「ピンポイントで作用する(特定の分子を標的とする)」ため、治療効果が向上し、副作用が大幅に軽減されます。患者さんにも説明しやすくなり、患者さんの治療受容も向上しました。現在では、深い分子生物学的寛解(奏効)を達成した患者さんにおける治療中止についても議論が深まっています。
これらの治療成績の向上、さらには治療パラダイムを変える力となっているのが、多施設による臨床研究だと思います。臨床研究は新規治療薬を育てる大きな役割を担っているのです。
社保の審査委員として医療の質と公平性に取り組む
平坦ではない女性の人生「でも仕事を辞めないで」
造血器腫瘍では、その後、多くの新規治療法が開発されてきました。例えば多発性骨髄腫(MM)では、長らくMP療法(メルファラン+PSL)が主流でしたが、2000年代に入り、免疫調整薬(IMiDs)、プロテアソーム阻害薬(PI)、抗体医薬などの新規薬剤が次々に登場し、治療成績が大きく向上しました。
ほかにも、CAR-T細胞療法、二重特異性抗体などの新規治療法の登場などにより、造血器腫瘍の治療選択肢は多様化し、遺伝子パネル検査の実装などにより、個別化医療の実現が近づいてきたと実感しています。
白血病治療では小児プロトコールの成人への応用が進んでいます。特に、思春期・若年成人(AYA)世代の急性リンパ性白血病(ALL)に対しては、従来、成人(高齢者)に合わせたプロトコールが用いられていましたが、2000年代にAYA世代ALLは小児プロトコールで治療した治療成績が良好である可能性が示されました。その後、その検証が世界各国で進められ、わが国ではJALSGとJCCG(日本小児がん研究グループ)との連携を強化し、臨床研究が進められています。
造血器腫瘍は新規治療が次々に登場し、予後やQOLは大きく改善しました。一方で、診療報酬明細書(レセプト)を審査する立場からは、複雑な思いもあります。薬剤費、治療費(診療報酬)が高額となり、治療効果との適正な算定のバランスが鍵となっています。社保の審査職員の理解が医療の質と公平性を支えると考え、職員向けの血液内科学の教育も担っています。先般は、広島審査委員長の土肥博雄先生、大阪審査調整役の中西忍先生と共にエキスパート研修を実施しました。
私は、医師になってから臨床、研究を通じて白血病の化学療法を追究して来ました。そしてAPLに対するATRA、CMLに対するTKIなど、それぞれ治療戦略の大きな変化を実感してきました。
その一方で、自分が女性医師であることはあまり意識していませんでした。自分のキャリアをどう築くかは考えず、そのとき興味があることを追い続けてきただけです。ですから、今の若い女性医師のロールモデルにはならないかもしれません。
ただ強調したいのは「仕事を辞めないで続けてほしい」ということです。女性の人生には、結婚、出産、育児、親の介護など、いくつものターニングポイントがあります。決して平坦ではありません。しかし、その節目ごとに自ら道を選び取れる自由があるとも言えます。どう進んでいくかを、自分で考えて決めることができるのです。それだけは忘れないでください。
多くの素晴らしい先輩、向上心にあふれる同僚・後輩に支えられ、私はここまで医師として楽しい人生を歩んでくることができました。 そのことに深く感謝するとともに、これからも診療や社保での役割を通じて、血液医療の発展に、自分なりに貢献していきたいと考えています。