「血液の研究をしたい」一心で米国留学を実現
CMLからMDSまで幅広く分子病態解明に挑む(前編)
横田明日美(シンシナティ小児病院医療センター 実験血液学・腫瘍生物学部門 研究員)
2017.12.21
高校生のときに持った血液細胞への興味を、大学生、大学院生、大学教員、そして米国留学中の今も抱き続け、「もっと知りたい」と静かな情熱を燃やすシンシナティ小児病院医療センター実験血液学・腫瘍生物学部門の横田明日美氏。慢性骨髄性白血病(CML)の治療薬開発、CMLにおける転写因子の分子機序解明など多くの業績を持つ横田氏は、研究者としての独立を目指し、米国で研鑽を重ねている。
私は、2017年2月から、米国オハイオ州の南西部にある、シンシナティ小児病院医療センターの実験血液学・腫瘍生物学部門に留学しています。現在、二つの研究テーマに取り組んでいます。一つは骨髄異形成症候群(MDS)の発症と進展に細胞内代謝経路がどのような役割を果たしているのか、もう一つは赤血球造血や赤血球増多症の病態に単球・マクロファージがどのように関与しているか、です。
大学院生のときからこれまで、ほぼ一貫して血液の研究を続けてきました。2016年の第78回日本血液学会学術集会ではPlenary Sessionの演題に選ばれ、多くの血液疾患の専門医、研究者の前で口演する栄誉をいただきました。また、2017年度の日本血液学会奨励賞もいただきました。
JSH2016で発表した演題は、それまで研究室の先生方のご指導のもとに積み重ねてきた研究成果をまとめた、私にとって大切な意味を持つ内容でした。簡単にその内容を説明します。
CML幹細胞の分化を制御する
転写因子C/EBPβの役割を解明
タイトルは「The C/EBPβ transcription factor mediates exhaustion of CML stem cells induced by IFNα」です。CML幹細胞の分化を制御する転写因子の一つであるCCAAT/Enhancer Binding Protein β(C/EBPβ)の役割を解明したものです。この研究は、後で述べるように、京都大学医学部附属病院輸血細胞治療部でポスドク(博士研究員)として取り組んだものです。
CMLはチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)の服用継続によって、長期の寛解維持と生存を望める血液疾患となりました。しかし、長期寛解例を対象にしたTKI服用を中止する臨床試験では約60%の症例において分子レベルで再発することが示されました。TKIによって長期の寛解が維持されていても、CML幹細胞は骨髄内で静止期かつ未分化な状態で生存し、微小残存病変を形成しているものと考えられます。
この研究で私たちは、C/EBPβが担う特徴的な造血制御の機序を解明し、また最近、再びCMLの治療薬として注目されているインターフェロンα(IFNα)の作用点としてのC/EBPβの機能を明らかにしました。
C/EBPβは、G-CSFなどのサイトカインの刺激や、感染症の際に、速やかに顆粒球を産生する過程に必須の転写因子です。この「緊急時(ストレス負荷時)」モードでは、造血幹細胞/前駆細胞のレベルからの細胞増殖と顆粒球への分化を促進します。
一方、私たちは、このC/EBPβが、慢性期(Chronic phase;CP)CML(CML-CP)患者さんの骨髄幹細胞/前駆細胞で、健常人と比べて発現が顕著に増加していることを見出しました。また、CMLの原因とされるBCR-ABLがSTAT5(Signal Transducer and Activator of Transcription 5)という分子を介して、C/EBPβの発現を上昇させていることを明らかにしました。さらに、C/EBPβによってCML-CPの臨床的特徴である成熟顆粒球の増加がもたらされることも明らかにしました。
この分子機序をさらに解析したところ、BCR-ABLはSTAT5をリン酸化し、その活性型STAT5がC/EBPβの遠位エンハンサーに結合することで、C/EBPβの発現上昇を誘導し、C/EBPβ依存性のミエロイドへの分化経路を活性化することが明らかになりました。
さて、CML幹細胞は骨髄内微小環境に保護されながら静止期かつ未分化な状態を維持しています。この未分化なCML幹細胞をサイトカインなどで活性化し、BCR-ABLシグナルとは独立した経路でC/EBPβの発現を上昇させることができれば、C/EBPβの「緊急時」モードの造血経路を利用したCML幹細胞を標的とする治療戦略になるはずです。そして、検討の結果、効果的にC/EBPβの発現上昇を誘導できるサイトカインはIFNαであることが分かりました。IFNαは、受容体を介してSTAT5とSTAT1をリン酸化し、C/EBPβの遠位エンハンサーにSTAT1 とSTAT5が結合することでC/EBPβの発現上昇を誘導することも明らかにしました(図)。
IFNαは、C/EBPβ依存性にCML幹細胞の分化と枯渇を誘導し、CMLモデルマウスでは、C/EBPβ依存性に生存期間を延長しました。さらに、CML-CP患者さんのCD34陽性CML幹細胞でもC/EBPβの発現を上昇し、CML幹細胞の分化と枯渇を誘導しました。これらのことから、CMLに対するIFNαの治療効果には、転写因子C/EBPβが重要な役割を担うとの分子機序を初めて明らかにしたのです。