“疾患特異的マクロファージ”を同定
線維化した細胞を標的とした創薬へ(前編)
佐藤荘(大阪大学 微生物病研究所 自然免疫学分野 准教授)
2018.08.30
自然免疫の中で重要な役割を果たしているマクロファージ。発見されてから100年以上もの間マクロファージは1種類しかないとされてきたが、大阪大学微生物病研究所自然免疫学分野の佐藤荘氏は、体内には複数種類のマクロファージ(疾患特異的マクロファージ)が存在することを明らかにした。アレルギーやメタボリックシンドロームに関与するマクロファージに続き、未だ治療法がない線維症に関わるマクロファージを同定し、治療薬の開発に挑んでいる。
線維症の発症には免疫細胞が関与していると考えられていましたが、どの細胞が発症に関わるかは不明でした。私たちの研究グループは、線維化期に患部に集まる単球が線維症の発症に関与していることを解明しました。この細胞はこれまでに報告のない、新しい白血球である疾患特異的マクロファージであったため、その変わった核の形態からSatM(Segregated nucleus Atypical Monocyte)と名付けました(図)。
この研究成果は、2017年1月に『Nature』オンラインに掲載され、各方面から多くの反響がありました。現在、線維症に有効な薬はないため、この細胞を標的にして線維症を抑制する薬の開発にも着手しています。長年にわたり取り組んできたマクロファージについての研究がようやく報われたと感じています。
“人気がない”マクロファージに着目
ただのゴミ処理係ではないことに気付く
私がマクロファージの研究を始めたのは、2003年に大阪大学微生物病研究所の審良(あきら)静男先生の研究室(審良研)に大学院生として進学してからです。当時の研究のトレンドは樹状細胞でした。樹状細胞は病原体を貪食して取り込みペプチドに分解して、T細胞に抗原ペプチドを提示します。樹状細胞から抗原提示されたヘルパーT細胞は、自然免疫で病原体を貪食する食細胞に対して、その免疫反応を増強させるように働きかけるなど、樹状細胞は、獲得免疫の司令塔的な役割を果たす細胞として脚光を浴びていました。
ラボの多くの研究者が取り組んでいるテーマであり、「こういう賢い人たちと競っても勝ち目はないな」と思っていた矢先、審良先生が「マクロファージは誰もやっていないし、人気がない」と仰っていたこともあり、誰もやっていない細胞ならすぐに論文になりそうだとも考え、マクロファージを研究テーマに選びました。
マクロファージは100年以上前に見つかった細胞で、免疫系が病原体をやっつけた後のゴミ処理係と考えられてきました。獲得免疫系を活性化する樹状細胞や、獲得免疫の主役であるT細胞と比べると、マクロファージは「つまらない細胞」というイメージを持たれていました。マクロファージが少し注目を集めるようになったのは2000年代前半で、欧州の研究チームが、マクロファージは1種類の細胞だが、M1とM2という2つの状態があり、その状態を行き来していると発表しました。M1型は、細菌やウイルスなどの感染により活性化する「急性炎症」に関わる状態で、M2型は「慢性炎症」に関わる状態ということでした。
M1型マクロファージはToll様受容体に対するリガンドや、細菌、ウイルス、真菌類の感染時に活性化し、それらの病原体の排除に重要な腫瘍壊死因子(TNF)、一酸化窒素(NO)、IL-6、インターフェロンなどのサイトカインを産生します。一方、M2型マクロファージは寄生虫感染、アレルギー応答、脂肪代謝、創傷治癒、がん転移などに関与しており、Arginase1遺伝子、Ym1遺伝子、Fizz1遺伝子などをマーカーとして発現します。私は「他の免疫細胞が複数種類あるのであれば、体内には複数種類のマクロファージがあるのではないか」と考えるようになりました。でも、10年前のラボセミナーでこういう仮説を話していても誰もあまり興味を示してくれなかったのですが、審良先生は「これはいずれ一つの分野になるよ」と背中を押してくれました。