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気鋭の群像Young Japanese Hematologist

日豪米でGVHD発症機序の解明に取り組む
研究は興味と刺激が尽きない冒険のようなもの(前編)

小山幹子(フレッド・ハッチンソン癌研究センター シニア研究員)

フレッド・ハッチンソン癌研究センターの小山幹子氏
フレッド・ハッチンソン癌研究センターの小山幹子氏

造血幹細胞移植後のGVHDについては、現在でこそ多くの研究が行なわれているが、1990年代後半まではその発症機序はほとんど解明されていなかった。フレッド・ハッチンソン癌研究センターの小山幹子氏は、研修医時代に移植患者を受け持った経験からGVHDの研究に踏み込み、以来一貫してGVHDの発症を解明する研究に取り組んできた。研究成果の中では、これまでの常識を覆し、非造血系の抗原提示細胞が急性GVHDの発症に必須であることも明らかにしている。2018年12月から、研究の場をオーストラリアから米国に移し、これまでの基礎研究で得られた知見を臨床に応用すべく、新たなアプローチを始めた。

 2~3年の留学のつもりでしたが、気が付けば10年以上経ってしまいました。2018年12月からは、ノーベル賞を受賞した故E. Donnall Thomas博士が、世界で初めて骨髄移植を開始した米国・フレッド・ハッチンソン癌研究センターで、移植部門の統括であるG.Hill博士のラボのシニア研究員として働いています。Hill先生は、オーストラリアのクイーンズランド医科学研究所(QIMR)時代からの私のボスで、移植片対宿主病(GVHD)の研究者として世界的に知られています。ここで私は、QIMR時代からの研究テーマである、GVHDによる臓器障害の発症機序を解明すべく研究をしています。近年、GVHDの発症には腸内細菌叢が関与していることが分かってきましたが、細菌の種類や多様性がどのようにGVHDの発症や重症度に影響しているのかについてはまだよく分かっていません。

 現在私たちは、腸管のマイクロバイオームが腸管の自然免疫、獲得免疫細胞を刺激し、移植前処置でダメージを受けた腸管での同種抗原提示能力を強めることで、致死的なGVHDが発症する機序を明らかにしようとしています。このことから、移植前の腸内細菌叢の状態を調べたり、移植前処置の前に免疫抑制のための介入をすることでGVHDの発症や重症度を軽減できるのではないかと考えています。フレッド・ハッチンソン癌研究センターでは、こうした基礎研究で得られた知見を臨床研究に応用していきます。

移植がうまくいく人、いかない人の違いは?
臨床経験からGVHD発症の基礎研究に踏み込む

 10数年にわたり、私がGVHDの研究にのめり込むきっかけになったのは、医師になって間もないころの臨床経験です。2000年に岡山大学を卒業した私は、亀田総合病院(千葉県鴨川市)の血液・腫瘍内科でローテーション研修を受け、末永孝生先生のご指導のもと、複数の造血細胞移植の患者さんを担当しました。移植は今でも造血器腫瘍が治癒できる唯一の治療法ですが、一定割合で不幸な転帰をたどる患者さんがいます。移植関連死もあるリスクの高い治療法と言えます。移植がうまくいった人とうまくいかなかった人のその後は、天と地ほどの違いがあります。当時の私は、「この違いは一体どこから来るのだろう」ともやもや考えながら、日々診療をしていました。移植を控えた患者さんやご家族に治療について説明するときも、なぜGVHDが起きてしまうのかを明確に理解できていないまま、「移植後にはGVHDが起こる可能性もあります」と伝えることに、だんだんと苦しさを感じるようになりました。

 しかし、その頃はGVHDについて、世の中でもあまり理解が進んでおらず、誰もよく分かっていませんでした。そもそも造血細胞移植という治療法が臨床現場を中心に発展してきたという経緯があり、その頃すでに20年近く世界中で行なわれてきた治療法でありながら、GVHDの発症機序については十分には解明されていませんでした。一方で、臨床では多くの知見が蓄積されているので、そこから基礎研究に踏み込んでいけば、GVHD発症機序の解明も進んでいくのではないかと考え、3年間の研修後に博士課程に進み、GVHDについての研究をしようと決めました。

研究の面白さを初めて知った大学院時代
研究結果の『Blood』誌掲載を機に豪州留学へ

 岡山大学に大学院生として戻ると、米国留学から戻ったばかりの豊嶋崇徳先生が、精力的にマウスの移植モデルの研究を始められていました。GVHDは、ドナーとレシピエントの同種間で一致しない抗原がドナーT細胞へ抗原提示されることによって引き起こされます。その頃すでに豊嶋先生は、GVHDはサイトカインによる全身炎症であることを提唱していて、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)ClassⅠまたはClassⅡが不一致のどちらの系でも、GVHD標的組織細胞が同種抗原で提示されなくても、造血系の抗原提示細胞による抗原提示でGVHDが発症するという重要な研究成果を『Nature Medicine』誌に発表していました。

 私は豊嶋先生のグループに入れてもらい、念願だったGVHDの発症機序解明に向けた研究生活が始まりました。当時、研究室には朝倉昇司先生、橋本大吾先生、松岡賢市先生、佐古田幸美先生がおられ、マウスの扱い方や実験設備の使い方など研究のイロハからご指導いただきながら、同期の青山一利先生と朝から晩までGVHDの研究に没頭する日々となりました。研究生活はとても刺激的で楽しいものでした。ただ、豊嶋先生とのディスカッションでは、豊嶋先生の決断がすごく早いうえに、話のさわりと結論しかお話しにならないことも多く、何を説明されたのかさっぱり理解できないこともしばしばで、そのときは後でこっそり橋本先生に“通訳”してもらったりしました。

 半年後の2004年秋には、豊嶋先生が九州大学へ異動されることになり、私も九州大学へ移りました。九州大学には、赤司浩一先生や宮本敏浩先生がいらっしゃり、白血病関連の研究成果を一流雑誌に発表されていて、研究分野は違いますが多くの刺激を受けました。

 私は、九州大学での約4年間で、マウスモデルを用いて主に形質細胞様樹状細胞(pDC)がどのようにGVHDに関与するのかについて研究を行ない、移植前処置により活性化されたpDCがドナーT細胞に抗原提示しGVHDを誘導することを明らかにし、この研究結果は2009年に『Blood』誌に掲載されました。そして、博士課程の修了が見えてきた頃には、「pDCの研究で完全燃焼したい。もう少し研究したら、もっと新しいことが分かるかもしれない」という気持ちが強くなり、豊嶋先生に相談したところ、豊嶋先生の友人であるHill先生がポスドクを探しているからと連絡を取ってくださり、オーストラリアにあるQIMRのHill先生の元へ留学することが決まりました。

QIMRから撮影したブリスベンの街並み
QIMRから撮影したブリスベンの街並み

〈後編では、GVHDの誘導に非造血系の抗原提示細胞が重要であるという、それまでのパラダイムを翻す発表をされたこと、さらにそこから深めていった腸管の研究についてお話しいただきました。〉