目指すは最善の治療法の追求
医学、生物学、統計学を駆使し挑む(後編)
佐々木宏治(MDアンダーソンがんセンター 白血病科 アシスタントプロフェッサー)
2019.12.05
ニューヨークで、文化や医療制度の違いに戸惑い
英語に苦労しながら自分を練り上げる
2010年6月に渡米し、7月からマウントサイナイ・ベスイスラエル病院での内科研修が始まりました。帰国子女ではありませんので、それまで過ごしてきた日本での生活、そして日本の病院と異なることばかりで、戸惑う毎日を過ごしました。英語の読み書きはできても、聞く話すことには大変気を遣いました。日本での英語教材や英語の試験は雑音がほぼなく、訛りの少ないリスニングですので、仕事場で電子カルテを入力しているときに後ろから呼びかけられても気づかないこともあり、普段のコミュニケーションだけでも気疲れしました。
カンファレンスなどでのディスカッションのやり方も、特にニューヨークということもありますが、日本とは違い、個人の主張を前面に押し出し、議論を挑むというスタイルが多いと感じました。勤務体制も違うし、医療制度も異なります。例えば、日本であれば、全国一律に保険診療で治療を行なうことができますが、米国ではその患者さんがそもそも保険に加入しているか、どんな保険内容かなどによって、治療方針が異なることもあります。
内科研修では、血液内科だけでなく、循環器、消化器、呼吸器などをローテーションし、3年間で内科診療を学び直したと思っています。日本と米国の文化や医療の違いを少しずつ理解し、自分のものとしていくことを日々積み重ね、ベスイスラエル病院での3年間で、多様な背景の患者さんや同僚に揉まれながら医師として練り上げられたと実感しました。
その一方で、MDアンダーソンでの診療・研究にいつか携わることを常に意識していました。そして3年間の内科研修の間の1カ月間、MDアンダーソンの移植科で研修を受ける機会が訪れました。MDアンダーソンの移植科で共に働いたボスの勧めで、そのときに進められていた研究プロジェクトの一つに加えてもらい、非常に多くの症例数でしたが1カ月間で必要なデータを全て集め、その後、最終的に論文発表までこぎつけることができました。わずか1カ月間の研修でしたが、これがそのあとの私の針路を決めるきっかけになりました。
ニューヨークでの3年間の研修を終え、MDアンダーソンの血液腫瘍内科の研修に進もうと努力しましたが、その関門は非常に狭いものでした。一般にアメリカ臨床留学の競争は熾烈で、例えば先ほどのベスイスラエル病院の内科研修は年間約4500人の応募があり、そのうち面接に呼ばれるのは400人、採用となるのはわずか40人になります。その後の後期研修では血液腫瘍内科は内科系専門科の中で人気が高く、特にMDアンダーソンは希望研修先で最高峰に位置します。何らかの形でMDアンダーソンに採用される場合、常に競争を強いられますが、私は前述したようにMDアンダーソンでの1カ月間の研修をきっかけに共に働いたボスから推薦をいただき、さらに学会発表と論文発表があったことから、白血病科のフェローに採用されました。
米国に渡り4年目にMDアンダーソンへ
血液腫瘍内科を経てCMLのリーダーに
2013年7月から念願のMDアンダーソンでの勤務が始まりました。米国に渡って4年目のことです。MDアンダーソンにおける白血病診療を学びながら、並行して研究に取り組む生活となりました。白血病の患者さんに向き合う一方で、様々な研究プロジェクトに加わり、査読のある医学雑誌への論文の採用や国際学会での発表などの実績を積み上げました。
夢中で過ごした2年間ののち、それまでの実績などが評価され、移植科に異動することができました。MDアンダーソンでは移植の前処置が始まる入院になった時点で、その後の診療は移植科が担当し、さらにMDアンダーソンにおける白血病診療を包括的に学ぶことができました。
移植科では、多くの移植を担当するとともに、研究、論文執筆の毎日を過ごしました。そしてある日、移植科外来に向かって廊下を歩いていた際に、白血病科のボスより「MDアンダーソンに残りたいか?」と唐突に聞かれました。当然、それまで学生時代から10年間以上継続的に取り組んできた努力が結実した瞬間でしたので、その場で私は“Absolutely!! I would like to stay here!!”と即答しました。その翌年、MDアンダーソンにおける血液腫瘍内科後期研修プログラムに応募した際に、それまでに積み上げた発表や実績により、白血病科と移植科から力強い推薦をいただき、血液腫瘍内科後期研修プログラムに採用されることが決まりました。
MDアンダーソンの血液腫瘍内科は、極めて競争が厳しく、その際の同僚はハーバード大学など一流の医学部を卒業、有名な病院でチーフレジデントを経験、米国臨床腫瘍学会(ASCO)など国際学会での発表や受賞実績が既にある方が多数応募します。そのため、私のような英語が母国語ではなく、海外の医学部出身、ビザ持ちは、目に見える傑出した成果と推薦が両方なければ、ほぼ可能性はありません。なお白血病科・移植科のフェローを終えた後に直接MDアンダーソン血液腫瘍内科研修に進めたのは前例のなかった極めて例外的なことですので、同じ道を辿ろうとすることは一般にお薦めできません。
残念ながらアメリカでは様々なハンデや偏見・差別を背負って競争にさらされます。不公平だと言えば同情はされるでしょうが、何も解決しません。ただ嘆き続ければ時間を浪費しますが、自分自身をどこまでも成長させ、周囲に協力を惜しまなければ、多くの人から信頼され、思わぬ活路が開けていきます。悲観的になった際にはよく患者さんのことを考えていました。再発難治となった患者さんの中には極めて厳しい予後とわかりつつも、前向きに治療に取り組まれる方が少なからずいらっしゃいます。自分自身が救おうとしている患者さんが、明らかにより過酷な状況で懸命に生きる希望を繋ぎ止めているのに、この程度で音を上げているのかと感じていました。
血液腫瘍内科後期研修1年のトレーニングの後に、米国血液内科専門医を取得し、2017年に正式に白血病科のスタッフ、Assistant Professorとして採用されました。そして2019年9月に、今後も白血病科の多岐にわたる研究に関わり続けますが、白血病科CML部門のリーダーとなりました。
MDアンダーソンには、白血病を含め血液疾患だけでも膨大なデータが蓄積されています。しかし、その解析は十分にできていないと考えています。これらのデータを患者さんの診療に役立てるためには、臨床医、生物学者と統計学者が密にコミュニケーションしなくてはなりません。でもそれは、現実的には困難なことです。
統計学者はデータの解析のプロフェッショナルですが、医学知識は十分とは言えません。一方、臨床側は統計学者の出した解析結果をただ見ても、経験上、納得できないことが多いのです。解析結果がどのように出されたものか、本質的に理解できていないからです。また生物学的な知識がなければ病態の理解が表面的に留まり、さらなる治療法への発展や治療に対する予測が困難となります。
臨床医として生物学と統計学、医学の知識を駆使すれば、解析結果を臨床現場に活かすことができると確信しています。例えば機械学習の応用です。JSH2019では台風の影響で口演できませんでしたが、新規発症骨髄異形成症候群(MDS)に対するDNAメチル化阻害薬の奏効を、機械学習で予測させる研究を行ない、その結果、臨床情報、細胞遺伝学的情報、次世代シークエンサーの情報を機械学習させることにより、新規MDSの完全寛解率を予測することが可能であると結論しました。
CMLは、チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の登場により、治療成績が格段に向上しています。現在機械学習で予測できる生存率は80%強であり、2割弱が予測できないのは臨床情報や病態が完全に解明できていないということです。今後未解明の部分について、臨床的な要素や分子病態などを機械学習させることで、最善の治療法への追求を続けていきたいと考えています。目指しているのは、CMLを始め白血病の患者さんの相対生存率100%、つまり天寿を全うしてもらうことです。その成果は、日本に還元できるだけでなく、世界中の患者さんの役に立つはずです。