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気鋭の群像Young Japanese Hematologist

TMEM30A遺伝子の多面的な機能を明らかに
カナダでのB細胞性リンパ腫の研究が結実(後編)

遠西大輔(岡山大学病院 ゲノム医療総合推進センター 血液・腫瘍内科 准教授)

バンクーバーでリンパ腫の研究を7年間
大規模コホート解析から大きな成果を挙げる

岡山大学病院の遠西大輔氏
岡山大学病院の遠西大輔氏

 がん研有明病院での2年余りの研修を終え、2007年6月に岡山大学の血液・腫瘍内科に戻り、病棟医員として2年間、移植医療に取り組みました。血液内科では、2004年に米国留学から戻られた前田嘉信先生を中心に造血幹細胞移植が積極的に行なわれるようになっていました。私は2002年に卒業して以来、籍は大学医局にありましたが、呉共済病院、岡山医療センター、がん研有明病院で研修を受けていたため、前田先生とようやく一緒に仕事ができることになりました。

 一方で、翌2008年4月に大学院に入学し、1年間病棟医も兼務しながら、がん研有明病院時代の研究結果をまとめる仕事も継続し、論文としてまとめた後2011年3月に3年で大学院を修了しました。

 その間に、留学の準備も進めていました。行き先は、カナダ・バンクーバーのブリティッシュ・コロンビアがん研究所と決めていました。ブリティッシュ・コロンビア州では悪性リンパ腫全例が登録されていること、リンパ腫のトランスレーショナル・リサーチが盛んに行なわれていること、これまで学んだ臨床研究に加えて遺伝子解析によってがんの発症メカニズムを解析できることなど、自分にとって良いステップアップになると考えたからです。また、バンクーバーは2010年には冬季オリンピックが開催された町で、映像を通して美しくいい町だと思っていました。そして、住みやすい街世界ナンバーワンに度々選ばれていることも魅力の一つでした。

 2011年5月の渡加を控えた3月11日に東日本大震災が起きました。私は留学準備中で自由に動けたこともあり、岡山県のDMAT第1陣に志願し現地に向かいました。岩手県遠野市に拠点を置いて、大船渡市など沿岸地域で、病院が壊滅したため医療が受けられなくなっていた生活習慣病や感染症などの患者さんの診療に当たり、10日間の活動を終えて岡山に戻りました。

 こうして出発前は少しバタバタしましたが、5月に妻と3歳、2歳の子どもと一緒にバンクーバーに渡り、カナダでの研究生活が始まりました。

 バンクーバーでの私の研究テーマはDLBCLの遺伝子解析でした。そのため、約500例のDLBCLの遺伝子をNGSや高精度遺伝子解析機器を駆使して解析し、DLBCLに特有の遺伝子変異を探索していきました。この分野では国立衛生研究所(NIH)、ダナファーバーがん研究所などが先行していましたが、私たちも多くの遺伝子変異を見出しました。その一つが、MYCとBCL2の両方に遺伝子再構成のあるダブルヒットリンパ腫(DHIT)に関連する104の遺伝子群です。

 DLBCLは細胞起源により活性型B細胞型(ABC)と胚中心B細胞型(GCB)の2つのサブタイプに分類され、ABC-DLBCLはGCB-DLBCLに比べ予後が悪いことが報告されていました。一方、WHO分類(2017年改訂版)では、DHITを含むアグレッシブな病態を示すHigh-Grade B-cell Lymphomaという疾患単位が設けられるなど、疾患分類の整理が急務です。

 このDHITの分子背景はそれまで全く分かっていなかったのですが、私達はDHITに特徴的な104個の遺伝子(DHIT signature)を発見しました。しかし、この104遺伝子について解析を進めると、予後が良いとされるGCB-DLBCLの中にも、これらの遺伝子群を発現する症例があり、これらはDHITでないにもかかわらず予後が悪いことが明らかになりました。この結果は、“Double-Hit Gene Expression Signature Defines a Distinct Subgroup of Germinal Center B-Cell-Like Diffuse Large B-Cell Lymphoma”として2019年に『Journal of Clinical Oncology』誌に掲載されました。

 他にもMHC発現に関わる遺伝子の発見など、DLBCLの臨床に関わる遺伝子変異を明らかにしていきましたが、一連の研究で最初に目をつけていたのがTMEM30Aでした。実は2014年の段階で、TMEM30AがDLBCLにおいて非常に特徴的な遺伝子変異背景を持っていることを突き止めていました。しかし、当時はこの遺伝子にどんな機能があるのか分かっておらず、しばらくこの遺伝子に関する研究はストップしていました。すると、その半年後に京都大学の研究グループによって、TMEM30Aを欠失した細胞がマクロファージの貪食作用を促進するとの研究結果が『Science』誌に掲載されていることをPubMedで見つけました。TMEM30A遺伝子の機能が分かったのです。

 実際、TMEM30A欠損のDLBCL患者では、R-CHOP療法後の予後が良好なことは分かっていました。早速、TMEM30A欠損、TMEM30A変異のある培養細胞について調べたところ、それらの細胞ではマクロファージが腫瘍細胞を貪食し、リツキシマブがそれを後押ししていることを見出しました。マウスを用いた研究でも、TMEM30A欠損/変異があると“don’t eat me”シグナルであるCD47の阻害薬が非常に有効であり、腫瘍抑制効果が増強していました。一方で、TMEM30A欠損/変異があることで、Bリンパ球の腫瘍細胞が活性化することも分かり、TMEM30Aが多様な機能を持つことが明らかになったのです。

 このように多くの研究成果がバンクーバーでの留学生活で得られたのですが、全てが順調だったわけではありません。まず、ラボで初めてのアジア人研究員でしたので、言葉や文化の違いに大いに戸惑いました。そして、最も大きな出来事は、留学3年目にボスであるRandy Gascoyneが引退したことでした。この時は2年近く研究が機能せずラボ解散の危機もあったのですが、同僚達と何とかラボを再開させ、このような結果に結びつけられたことは、とても感慨深いものがあります。また私の後に、日本人研究員を2人受け入れてくれたことも、日本のリンパ腫業界においても重要な役割を果たせたのではと思っています。

前ボスであるRandy Gascoyne(右)と、同僚であり現ボスであるDavid Scott(左)
前ボスであるRandy Gascoyne(右)と、同僚であり現ボスであるDavid Scott(左)
留学中、ラボメンバーと。日本人留学生の青木先生も(右から2人目)
留学中、ラボメンバーと。日本人留学生の青木先生も(右から2人目)

固形腫瘍でのゲノム医療の臨床応用に取り組む
中四国のがんゲノム医療の研究開発の拠点に

 カナダでのDLBCLの研究の中核にようやくたどり着き、2018年に研究に一区切りをつけて岡山大学に戻ることになりました。帰国後は助教として、診療だけでなく教室での研究の指導、医学生への教育などに追われる中、カナダでの研究結果をまとめる仕事も進めていきました。

 そして2019年11月に、ゲノム医療総合推進センターに異動となり、臨床応用部長に就きました。岡山大学病院は、全国に現在12カ所あるがんゲノム医療中核拠点病院の一つで、2018年2月に中四国地方で唯一の中核拠点病院として選定されました。ゲノム医療総合推進センターはそれに先立つ2017年12月に設立され、ゲノム医療の実現のための研究開発と人材育成を行なってきました。

 私に課せられたのは、2019年6月から日本でも保険承認された、がん遺伝子パネル検査を用いたがんゲノム医療の臨床実装でした。多くのがん患者さんがゲノム医療を希望される中で、遺伝子変異データから治療薬へ結びつけ実際に提供することが求められていました。その際必要とされていたのが、遺伝子解析の知識がある腫瘍内科医で、私は悪性リンパ腫の研究で遺伝子解析を実際に行なってきたこともあり、白羽の矢が立ったわけです。こうしてがんゲノム医療の立ち上げに関わり、中四国地方で実施された全ての固形がんのゲノム医療(延べ500人以上)に臨床医として携わっていることは、1年前には予想もしなかったことです。

 このようにがんゲノム医療は固形がんでその実装が進んでいますが、血液疾患での遺伝子変異は固形がんとは異なるため、まず独自の遺伝子解析パネルを作る必要があります。それに基づいた診断を行ない、個別化医療へと結びつけるのが当面の目標です。一方で、悪性リンパ腫における遺伝子変異のこれまでの研究成果を、将来のゲノム医療に応用することも引き続き目指しています。臨床の検体で見つかった遺伝子変異の意義を、動物実験などで確認するというトランスレーショナル・リサーチを通して、新たなバイオマーカーの開発や新規の治療ターゲットの発見を目指し、4人の大学院生と共に研究を続けています。このようにClinician Scientistとして臨床と研究を両立させながら、がんゲノムの臨床応用に取り組んでいます。

 振り返れば、岡山医療センターでは多発性骨髄腫、がん研有明病院ではリンパ腫、岡山大学病院では造血幹細胞移植と、その時々で最先端の診療や研究に取り組む環境に恵まれてきました。カナダでの研究生活も踏まえ、これからはがんゲノム医療の最先端に立ち、ライフワークであるリンパ腫の研究を大きな規模で行なっていきたいと考えています。