移植のダイナミックさに魅かれて血液内科医に
その後、リンパ腫の面白さに気づく(後編)
藤本亜弓(島根大学 血液・腫瘍内科学 客員研究員、がん研究会 がん研究所 分子標的病理プロジェクト 研究生)
2023.07.27
TRUMPのPTLD研究をきっかけに
島根大学で転換、リンパ腫の道へ進むことに
医者4年目の2016年の夏だったでしょうか、平本展大先生(現:神戸市立医療センター中央市民病院)のお声掛けで、造血細胞移植合同班会議後のワーキンググループ(WG)会議にオブザーバーとして参加しました。そこではご高名な先生方が多数集まられており、雑魚の私がこんなところにいてよいのだろうか…と大変恐縮な思いでいっぱいだったことを覚えています。会議では研究を実施されている先生方による進捗状況のご報告や、新規研究の提案などがなされ、先生方がとても楽しそうに研究に取り組まれているご様子を拝見しました。
その会議にはたまたま島根大学の鈴木律朗先生がご参加されており、移植後リンパ増殖性疾患(PTLD)の新規研究をご提案されましたが、その際は研究代表者(PI)の希望はありませんでした。その後、平本先生より、PTLDの研究をしてみたらどうか、とご提案をいただきました。初めての機会でしたので、どのように解析すべきか、どのくらい大変なことか全く想像すらつかなかったのですが、“何事も経験に代わるものはないので何でも挑戦してみる”、というのが自分のスタンスなので、あまり深く考えずに“はい、喜んで” と回答しました。
そこから統計ソフトをEZRからStataへ主軸を移し、Stataを独学し解析を進めていましたが、何度も何度も行き詰まり悩みました。当時Stataの良い解説書があまり無かったので、web pageを検索し色々試す日々でしたが、自分のやっていることの正当性を確かめる手段がありませんでした。Stataの技術担当の方には本当にお世話になりました。大変申し訳なかったのですが、当時自分にとって唯一解析の正当性を問うことができ、解析に関する質問ができる相手だったこともあり、かなり頻繁に電話やメールで質問攻めにしてしまっていましたので、完全に名前を覚えられていました。自力で思いつく限りの実施可能なことは全てしていましたが、やはり解析に行き詰まり、独学の限界を感じたため、鈴木先生にも解析方法を相談させていただくことにしました。その後、メールで何度かやり取りをさせていただいていましたが、これでは時間もかかるし埒が明かないと思い、やはり“百聞は一見に如かず”だということで、フットワークが軽いことだけが持ち味だった自分は、医師5年目に院内の自由研修期間を使い、直接島根大学へ勉強に伺わせていただくことを決意しました。
島根大学には計3週間お世話になりましたが、当時教授でおられた鈴宮淳司先生、また准教授でおられた鈴木律朗先生はお二人ともとても気さくな先生方でした。当初、鈴木先生は“厳しい”とか“怖い”といった噂を周囲から聞いていたものですから、行く前はとにかく厳しく恐ろしい人という勝手な誤った妄想を抱いていたので(大変申し訳ございません。実際は妄想とは異なります。)、島根大学へはある程度怒られる覚悟で行ったのですが、結局この期間中に怒られたことは一度もなく、拍子抜けしました。鈴木先生に解析に関してご教示いただいただけでなく、お二人の先生からリンパ腫の面白さを沢山ご教授いただきました。それまでは自分は移植のことばかりを考えていて移植医へ一直線でしたので、リンパ腫の話はとても新鮮でした。人生で初めての田舎暮らしには色々困難はありましたが、なにより知的好奇心が満たされる楽しさがここにはあり、もう少しここで勉強させてもらえればもっとリンパ腫が面白くなるかもと思い、本来の解析完了までにまだ時間を要することもあって、翌年から島根大学へ異動し更に1年間勉強させていただくこととしました。
2018年春から島根大学の腫瘍・血液内科(当時)へ異動しました。異動後にPTLDの研究は論文化し2019年のBBMT誌に報告しました。また解析結果を米国血液学会(ASH)で発表することを試みたところ、予想外にもoral presentationで採択いただきました。初めてのASHでoralデビューとなり、非常に緊張しましたが、とても良い経験をさせていただき、ご指導いただいた先生方に感謝しております。島根大学では鈴木先生や鈴宮先生から薫陶を受け、リンパ腫に関して更に沢山のことをご教授いただきました。何でもそうですが、知れば知るほど面白くなるもので、毎日が刺激的でした。島根大学で勉強させていただいたことで、今までにない視点を得て、自分の視野を広げることができたと思います。鈴木先生、鈴宮先生には心より感謝しておりますし、血液内科医として研究、臨床いずれにも長けておられ、本当に尊敬しています。また病棟業務も、様々なところで勤務してみることで得られる知識や経験があることに気づき、大変貴重な経験になったと思います。当初よりご親切に御指導いただきました医局の先生方、スタッフの方々に感謝申し上げます。
統計、病理、遺伝子解析を学びながら
臨床情報と突き合わせて研究領域を広げる
リンパ腫のことを知れば知るほど、個々の患者さんにおける病態の理解には、病理や遺伝子を含む疾患に対する理解が重要であることに気づきました。島根大学在籍中は、リンパ腫の患者さんがおられたら、鈴宮先生が病理標本を供覧し医局員に解説してくださっていました。今まで全くと言っていいほど病理の勉強をしたことがなかったため、当初はどれが異常細胞かさえよく分からなかったのですが、鈴宮先生のお陰で病理を勉強するきっかけになったと思います。もちろん島根大学でも造血幹細胞移植は行なっていたのですが、リンパ腫の面白さを徐々に感じるようになってから将来の進路に悩むようになりました。学生の頃にも選択科を悩んだ際に、“一生興味を持ち続けられることを仕事に”という結論を出したことを思い出し、ここで進路転換、リンパ腫をもう少し勉強することとし、島根でもう少し勉強させていただくこととしました。
島根大学でPTLDの次に始めた研究テーマがANKLでした。最初に、TRUMPデータを用いてANKLに対する同種造血幹細胞移植成績の後方視的解析を行ないました。初回寛解導入不応例でも、移植後に完全寛解となった場合は約3~4割に長期生存を認め治癒の可能性が示唆されること、また、初回寛解導入療法後に速やかな移植が重要であることが明らかとなりました。しかし、それと同時にデータベースを用いた解析に限界を感じ、その後、冒頭に記載させていただきましたように、ANKLの多施設共同後方視的研究(ANKL22)や、ANKLの類縁疾患である節外性NK/T細胞リンパ腫(ENKL)の多施設共同後方視的研究(NKEA-Next)にも関わらせていただきました。これらの結果の一部は2023年の国際悪性リンパ腫会議(17-ICML)で発表の機会をいただき、御指導いただきました三重大学の山口素子先生、鈴木先生に感謝申し上げます。同学会では、NK細胞リンパ腫に興味を持つ他国の先生方とも交流する機会に恵まれました。自身のネットワークを広げることで、今後の共同研究にも繋げることができればと思っています。
また、リンパ腫の臨床研究を行ないながら、更に自分の視野を広げるため、2022年4月にがん研究会がん研究所分子標的病理プロジェクトへ異動しました。ここでは血液病理医として尊敬する竹内賢吾先生よりリンパ腫病理を主に御指導いただいており、大変刺激的な毎日を過ごさせていただいています。新しい環境に移ること、新しい分野を一から勉強することは、年を重ねるにつれて益々もどかしさや焦りを感じることはありますが、挑戦なくして成長なし、ということで、現在もマイペースで学びを重ねています。
これからも自分の視野を自ら狭めることなく幅広く学びながら、限りある人生の中で、少しでも誰かの役に立つような仕事ができれば良いなと思います。今までに私の仕事や研究に関わってくださった全ての方々への感謝の気持ちを忘れずに、最後まで仕事や研究を楽しみながら自分の人生を全うしたいですね。
今回は私のような留学経験もない凡人の血液内科医にこのような自分を振り返る機会をいただきまして、ご関係の先生方に感謝申し上げます。ありがとうございました。
メッセージ島根大学 血液・腫瘍内科学 教授 鈴木律朗
藤本亜弓先生は、PTLDの研究をきっかけに研究領域を広げてきました。若くして多くの論文を書き大変アグレッシブに研究しています。また、島根大だけでなく、がん研究会がん研究所、東京医科歯科大大学院と活動拠点も増やしました。それぞれの研究はすぐに成果が出るわけでなく継続することこそが大変なので、これから数年間、どう頑張るかが重要だと思います。リンパ腫だけでなく多くの血液疾患について、臨床医として、そして研究者として多面的な見方や考え方を身に付けていくことを期待しています。