造血、骨細胞、ニッチ、末梢神経の関連を追究
研究成果を造血器腫瘍の解明に生かし治療介入に挑む(後編)
淺田騰(岡山大学 学術研究院 医歯薬学域 血液・腫瘍・呼吸器内科学 准教授)
2025.08.28
3年半の米国研究での成果をまとめ
ASHのポスドク部門awardを受賞

この研究を神戸大で3年間続けたのち、2011年に岡山大病院輸血部に戻ってからも、診療を行う傍ら継続し、2013年に学位を取得しました。私は骨髄微小環境の研究をさらに深めたいと考え、片山先生に相談したところ、先生ご自身が留学していた、Albert Einstein College of MedicineのPaul S. Frenette先生を紹介していただきました。
Frenette先生とは、2011年の米国血液学会(ASH)でお会いし、ASHの帰りにはニューヨークに立ち寄って施設を見学、ASHでの発表内容をプレゼンさせていただくなどして、よく存じていました。谷本先生の許可も得て、すぐに米国に留学することにしました。2013年9月のことです。

米国では基礎研究に没頭しました。神戸大、岡山大では造血幹細胞と骨細胞との関与が研究テーマの軸でしたが、その結果を基盤に、ニッチ細胞さらには末梢神経系との関連を探っていきました。造血幹細胞が骨髄内の血管周囲に分布することが示されて以降、血管領域がニッチとして脚光を浴びるようになり、ニッチは骨芽細胞を中心に構成される“骨内膜ニッチ”と、骨髄内の血管を中心とした“血管性ニッチ”という2つの異なるニッチ領域があることが提唱されました。私はこのうち、骨髄内の血管を取り巻く環境に存在するニッチ細胞に着目して研究を進めることにしました。
Frenetteラボの先輩ポスドクである國﨑祐哉先生たちの研究で、血管ニッチには動脈ニッチと静脈ニッチの2つのニッチが存在し、動脈ニッチと静脈ニッチは異なる代謝状態にある造血幹細胞をそれぞれ支持することが示されていました。しかし、血管性ニッチの中での動脈ニッチと静脈ニッチの役割についてはコンセンサスが得られていませんでした。
私は、動脈ニッチと静脈ニッチの機能的な差異と造血幹細胞制御におけるそれぞれの役割を詳細に解析するため、両ニッチにおける代表的なニッチファクターであるCXCL12とSCFの機能について、遺伝子改変マウスを用いて検討しました。その結果、動脈周囲ニッチから分泌されるCXCL12は造血幹細胞の維持と分布に貢献し、一方で静脈周囲ニッチからのCXCL12は造血幹細胞の末梢血への動員を制御していることが示されました。さらに血管周囲ニッチ細胞においては、造血幹細胞の制御には静脈周囲ニッチ細胞からのSCFが重要であることも明らかにしました。
これらの結果から、血管周囲ニッチ細胞による造血幹細胞の制御においては、同じサイトカインでも、それが静脈ニッチから出たのか、動脈ニッチから出たのかにより、造血幹細胞制御における働きが異なるという興味深い現象が明らかになりました。血管性ニッチでは非常に狭い環境内で、血管内皮細胞と血管周囲細胞がそれぞれ異なる機構で複雑かつ繊細に造血幹細胞の活動を支えていることが予想されましたが、同一のサイトカインが異なる環境で違う作用を示すメカニズムについては明らかではなく、さらなる研究が必要と考えられました。
ここまでの研究結果などをまとめ、2015年のASHで報告し、ポスドク部門の“Outstanding Abstract Achievement Award”を受賞しました。この賞は毎年1人、最も高く評価されたポスドクの研究発表に贈られるもので、私はもちろんですが、Frenette先生も大変喜んでくださいました。
他にも、老化により骨髄内交感神経シグナルの減弱が惹起され、これにより造血幹細胞ニッチの機能低下が起こり、最終的に造血幹細胞の老化につながることを示した研究や白血病の病態における骨髄ニッチ機能の解析にも携わらせていただきました。
留学前に、恩師である片山義雄先生に、留学とは「価値観を一度壊すものだよ」と言われていましたが、まさにそのとおりで、研究においても異国での生活においても存分に価値観が一度壊れました。この経験は自分の人生にとって非常に有益なものとなったと思っています。世界情勢や経済環境の変化もあり、難しいこともありますが、若い先生方にはぜひ留学で価値観を壊すことをお勧めしたいと思います。

帰国後はチームで造血器腫瘍の病態解明に取り組む
ニッチを元気にするメカニズム解明から治療へ

米国での研究生活は3年半にわたりました。2018年に岡山大第二内科の教授となられる前田嘉信先生から「そろそろ帰ってこないか」とお声を掛けていただき、助教のポストで帰国させていただきました。帰国後も、骨髄ニッチ細胞と末梢神経系による造血調節と腫瘍制御についての研究に取り組みながら、診療と学生の教育にも力を入れるようになりました。
末梢神経系は自律神経と感覚神経で構成され、造血を司る骨髄やその周囲にもあり、造血機能に重要な働きを持つ骨組織や骨髄に豊富に分布しています。近年の研究により末梢神経系が正常造血あるいはストレス下での造血制御、造血の老化に重要な働きをするなど、繊細な調節を行っていることが示されています。
G-CSFによって造血幹細胞が骨髄から血中へ動員される過程には、交感神経刺激による骨芽細胞の抑制が関与しており、これは骨芽細胞や骨細胞に発現するβアドレナリン受容体を介して起こることが明らかになってきました。一方、副交感神経系も造血制御に関与しており、G-CSFによる造血幹細胞の動員においては、視床下部のムスカリン受容体を介したコリン作動性シグナルが、視床下部―下垂体―副腎軸を通じてコルチコステロンの産生を調節します。この機構により、骨髄内のコルチコステロン濃度は造血幹細胞の動員に最適なレベルに維持されることが分かっています。
さらに、悪性腫瘍における末梢神経の機能も明らかになりつつあります。造血器悪性腫瘍の代表である白血病は造血幹細胞レベルの細胞が腫瘍化したものであり、正常造血と同様にヒエラルキーを持ち、腫瘍を維持する少数の白血病幹細胞が存在すること、白血病幹細胞は正常造血幹細胞と同様に微小環境からの制御を受けることが知られています。白血病幹細胞は骨髄中の交感神経を傷害することで、自らの生存に有利となるよう微小環境を操作している可能性があること、交感神経刺激による微小環境の改善により白血病幹細胞の抑制に繋がる可能性も示唆されています。また、加齢に伴い増加する骨髄増殖性腫瘍の病態にも、自律神経シグナルが重要な役割を果たすこと、骨髄内交感神経などの障害により、Nestin-GFP陽性ニッチ細胞の機能が低下すること、それにより正常の造血幹細胞が減少することなどが報告されています。
このように末梢神経系による正常造血制御機構、悪性腫瘍における末梢神経の機能解析が進んでいますが、まだまだ全容解明と臨床への応用までは程遠く、大学院生と共にチームで研究を進めています。これまでにCAR-T細胞療法を受けた患者さんの骨髄生検検体を使った研究で、CAR-T細胞療法後の血球減少が骨髄ニッチ障害に起因することや、移植後GVHDによる骨髄ニッチ障害機構を明らかにしています。
現在は、これまでの基礎研究を基盤に造血器腫瘍の病態の解明や治療介入につなげる研究に取り組んでいます。なかでも、ニッチを介した病態の制御メカニズムの解明、神経シグナルを介した造血器腫瘍の治療法開発を主なテーマとしています。ニッチ研究が世界的に盛んだった時代がありましたが、ニッチ研究はひと段落し、“ニッチな分野”となりつつあります。しかし、今後もニッチを切り口にした病態の解明と治療介入への研究をさらに進めて、「ニッチを元気にする」ためのメカニズムを明らかにしたいと考えています。