「MDSの病態形成にHIF1Aが中心的役割」を証明
主流とは異なる目線で研究に取り組み続ける(後編)
林嘉宏(東京薬科大学 生命科学部生命医科学科 腫瘍医科学研究室 講師)
2019.09.05
続いて、成熟骨髄系細胞の過剰産生を認める慢性期CMLの病態では、BCR-ABLが一部STAT5経路を介してC/EBPβの発現を亢進させ、CML幹細胞から骨髄系細胞への分化・増殖を促すことで、病態形成に深く関与し、同時にCML幹細胞を減少させる作用を持つことを示しました1)。さらに、その後、かつてのCMLの主要治療薬であったインターフェロンαがSTAT5経路を介してC/EBPβの発現を亢進させ、BCR-ABL依存度が低い真のCML幹細胞の減少を促すことが明らかとなり、この結果は第78回日本血液学会学術総会のプレナリーセッションでの発表となりました。
これらの研究は、臨床的な観察に基づいて独創的な視点から炎症・感染症とCMLの病態に共通する分子機序を明らかにするとともに、既存の治療薬の新たな作用機序の一端を明らかにした点で、有意義な成果と考えています。そして、主流とは異なる目線で仮説を立て、検証するという私の研究スタイルを確立するきっかけとなりました。
米国・シンシナティでMDSの研究を開始
学会での研究結果の発表から論文化まで4年
2013年3月に京大での3年間の研究生活を終え、博士課程を修了した私は、済生会滋賀病院血液内科に医長として赴任し、再び臨床医として診療することになりました。そのころ、平位先生がボストンに留学していたときのラボの同僚で、シンシナティ小児病院医療センターのGang Huang先生がポスドクを探しているとの話があり、半年後の同年9月にシンシナティに留学することが決まりました。同センターの実験血液学部門の所属となり、ここから、MDSの研究が始まりました。
まず、免疫細胞制御の視点からMDSを中心とした造血器腫瘍の研究に携わり、急性白血病やMDSでみられるMLL遺伝子の変異がRunx1および腫瘍幹細胞に及ぼす作用について明らかにしました2)。一方、ヒストン修飾(H3K36me3)において重要な役割を担うSETD2の機能解析も進め、RNAポリメラーゼⅡ伸長を介した正常造血幹細胞制御3)、H3K79me2との協調作用による急性白血病進行における役割を解明しました4)。
また、免疫系細胞の制御破綻により発症する血球貪食症候群の病態でのHIF1Aの役割を明らかにし5)、並行して骨髄増殖性腫瘍(MPN)の赤血球造血で重要な役割を担う赤芽球島マクロファージとエリスロポイエチンシグナルの関連性についても明らかにしました6)。
これらの研究では、主に個別の遺伝子変異を模倣したマウスを使いましたが、そのマウスの世話が大変でした。当時のGang Huang研究室には専属のテクニシャンもいませんでしたから、多いときには400以上のケージで1,000匹以上のマウスを私一人で管理していました。仔のマウスでどんな遺伝子を発現させるかを考えながら、どのマウスを交配すればよいかを考え、生まれた仔の耳からDNAを採取し、PCRにかけるという作業の繰り返しでした。
マウスは妊娠すると21日で8匹前後の仔を産みます。4週間後に親と仔を離し、親となった仔をさらに次の交配へと回していきます。毎朝2時間はマウスの世話と遺伝子検査に追われ、交配の組み合わせは週末にじっくり考えるという生活を送りました。その甲斐あって、4年弱の留学の間に多くの研究成果を得ることができ、論文も多く掲載されました。
そして、冒頭に述べた、MDSの病態形成においてHIF1Aが中心的役割を果たすことを明らかにした研究により、国際実験血液学会のChrista Muller-Sieburg Award(2014年)、米国血液学会(ASH)のBest of ASH選出(2015年)、第14回国際MDSシンポジウムのTito Bastianello Young Investigator Award(2017年)など多くの賞を受賞することができました。
しかし、論文化には時間がかかりました。2014年に国際実験血液学会で最初に結果を発表してから、『Cancer Discovery』に掲載となるまで4年かかったのです。遺伝子変異が様々に組み合わされて蓄積し、それによってMDSの病態が形成されるというこれまでの主流のアプローチとは全く異なる研究だったためか、レビュワーの査読が厳しく、研究結果を裏打ちするために追加で多くの研究を行ないました。ただそのおかげで、多くの共同研究者と仕事をすることができネットワークができました。「Hematopaseo」に登場している京大時代の同僚で、シンシナティでも同僚となった横田明日美先生7)にも多くのサポートをいただきました。そして今も、そうした研究者のネットワークで共同研究を進めています。
主流のアプローチとは違うものを常に考える
仮説、検証、否定、新たな仮説、検証を繰り返す
現在の研究室のボス、原田浩徳先生から、2016年5月のInternational Workshop on molecular aspects of myeloid stem cell development and leukemia(シンシナティ)の際に「スタッフを公募するので、応募してみてください」とのお話をいただき、2017年4月から東京薬科大に赴任しました。ここではMDSのほかMPNの研究にも取り組んでいます。
その成果の一つとして、慢性骨髄単球性白血病(CMML)のマウスモデルの作製に成功し、それを用いたNUP98-HBO1融合遺伝子による慢性骨髄単球性白血病の発症機序についての研究結果が、今年4月に『Blood Advances』誌に掲載されました8)。もちろん多くの共同研究者の協力があっての成果です。
振り返れば、これまでご指導いただいた平位先生、Huang先生、原田先生は、皆、主流のアプローチ、目線とは違うことを考えていました。私もその薫陶を受けたと思いますし、それによって多くの研究成果を得ることができ、人と違うアプローチに少し自信を持つようになりました。
やりたいことをやらせてもらえるという研究環境で恵まれていましたが、決して順調な道のりではありませんでした。予想しているデータがなかなか出ない時期もありましたし、論文がなかなか通らないこともありました。研究プロジェクトを新たに始めるときには、異なる目線で考えた仮説を立て、それを検証しますが、多くの場合、仮説と違う結果になります。仮説が間違っていたと判断すれば、すぐに頭を切り替えて仮説を立て直し、また検証する……。この繰り返しが重要だと考えています。
人と違う研究スタイルは、成果の芽が出るまでも大変で、芽が出てからも大変ですが、この道を進んでいきたいと思っています。
1) Hayashi Y, et al. Leukemia. 2013; 27(3): 619-628.
2) Zhao X, et al. Blood. 2014; 123(11): 1729-1738.
3) Zhou Y, et al. Haematologica. 2018; 103(7): 1110-1123.
4) Bu J, et al. Leukemia. 2018; 32(4): 890-899.
5) Huang R*, Hayashi Y*, et al. Haematologica. 2017; 102(11): 1956-1968.
(*: These authors contributed equally.)
6) Wang J*, Hayashi Y*, et al. Haematologica. 2018; 103(1): 40-50.
(*: These authors contributed equally.)
7) /younghematologist/02_yokota_01/
8) Hayashi Y, et al. Blood Adv. 2019; 3(7): 1047-1060.