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気鋭の群像Young Japanese Hematologist

基礎と臨床の架け橋に立ち、
難治性がんの新たな治療開発を目指す
ミトコンドリア、アポトーシス、
フェロトーシスから細胞死制御の全体像へ(前編)

石澤丈(MDアンダーソンがんセンター 白血病科 Associate Professor/Clinical Faculty)

2026.09.17

慶應義塾大学医学部を卒業後、血液内科医として臨床を経験し、大学院ではがんの基礎研究を学んだ石澤丈氏。2013年に米国・MDアンダーソンがんセンターへ渡り、白血病を対象とするトランスレーショナル研究に本格的に取り組んできた。現在は同センター白血病科のAssociate Professor(Clinical Faculty)として、研究室を率いる一方、白血病診療の現場にも立つ。研究の軸にあるのは、治療抵抗性を示す白血病細胞の細胞死をいかに制御し、新たな治療につなげるかという問いである。アポトーシス、ミトコンドリア、フェロトーシスの研究を重ね、現在は細胞死制御機構の全体像を捉え直すとともに、その知見を固形腫瘍へも広げようとしている。基礎と臨床、そして患者をつなぐ「架け橋」としての研究を、石澤氏はいまも静かに追究している。

恩師との別れ、MDアンダーソン、3人のメンターが導いた道

MDアンダーソンがんセンターの石澤丈氏
MDアンダーソンがんセンターの石澤丈氏

 私ががんという疾患を強く意識するようになったのは、高校2年生のときでした。幼い頃から長く師事していたピアノの恩師が、難治性のがんで亡くなったのです。もともと医師という道に魅力を感じてはいましたが、その出来事をきっかけに、がんを診る医師になりたいという思いが明確になりました。

 慶應義塾大学医学部に進学した後、もう一つの大きな出会いがありました。大学1年生の夏、米国・ヒューストン近郊に住む父の友人宅にホームステイした際、MDアンダーソンがんセンターを見学する機会を得たのです。そこで初めて、Medical Oncologyという領域を知りました。がんを臓器ごとの縦割りではなく、オンコロジーとして横に見る。その考え方に強く惹かれました。

 当時の日本では、米国のようなMedical Oncologyのトレーニングはまだ一般的ではありませんでした。一方、米国ではHematology/Oncology、いわゆるHem/Oncとして、血液学と腫瘍学が一つの専門領域として扱われています。日本でその考え方に最も近いのは血液内科ではないか。そう考え、卒業後は血液内科を目指すことにしました。慶應義塾大学血液内科には当時、池田康夫先生(現:慶應義塾大学 名誉教授)、岡本真一郎先生(現:慶應義塾大学 名誉教授)がおられ、医師・医学者として憧れを抱いたことも、血液内科に進む後押しになりました。

 2004年に慶應義塾大学医学部を卒業後、2年間の初期臨床研修、1年間の内科専修を経て、2007年に血液内科に入局と同時に大学院へ進学しました。翌2008年には、佐谷秀行先生(現:藤田医科大学腫瘍医学研究センター センター長)の研究室に学内留学して、がん基礎研究の手ほどきを受けました。2011年に博士号を取得した後は、岡本先生の指導のもとで血液内科に臨床オーベンとして復帰し、大学院時代からの研究プロジェクトを継続しながら、臨床と研究の両輪で2年間を過ごしました。そして2013年、MDアンダーソンがんセンターへ渡りました。

 振り返ると、慶應時代に出会った3人のメンターの存在は非常に大きかったと思います。池田先生からは、研究を臨床へとつなげていく視点を学びました。佐谷先生からは、がん基礎研究を通じて医学に貢献することの深さを教わりました。そして岡本先生からは、一人ひとりの症例を深く診ることの大切さを学びました。基礎研究と臨床のどちらか一方ではなく、その間に立って医学に向き合うことが、自分にとっては自然だったのです。

ONC201研究を転機に、白血病治療開発への道筋を見いだす

 MDアンダーソンがんセンターでは、白血病科のポスドクとしてMichael Andreeff先生の研究室に入りました。Andreeff先生は、AMLの治療抵抗性、白血病幹細胞、骨髄微小環境、アポトーシス制御などを長年研究してきた先生です。私はそこで、AMLを中心とする基礎・トランスレーショナル研究に取り組み、ミトコンドリア機能と細胞死制御機構、特にアポトーシスとフェロトーシスに焦点を当てた新規治療戦略の開発を進めてきました。

 その後、筆頭著者あるいは責任著者として、血液および腫瘍学分野の主要誌に複数の原著論文を発表してきました。現在の研究の基盤にあるのは、ミトコンドリア、アポトーシス、フェロトーシスという3つの柱です。

2026年4月、サンディエゴ。米国癌学会にて、米国留学を通じて出会ったメンターとともに。中央がMDアンダーソンがんセンターのMichael Andreeff先生、左がトロント大学のAaron Schimmer先生。
2026年4月、サンディエゴ。米国癌学会にて、米国留学を通じて出会ったメンターとともに。中央がMDアンダーソンがんセンターのMichael Andreeff先生、左がトロント大学のAaron Schimmer先生。

 なかでも大きな転機となったのが、ミトコンドリアプロテアーゼClpPと、その活性化薬ONC201に関する研究でした。私は2013年6月にこのプロジェクトを開始し、ONC201の直接標的がClpPであることを明らかにしました。ClpPの過剰活性化によりミトコンドリア内のタンパク質分解が誘導され、がん細胞に選択的な抗腫瘍効果をもたらすという分子機構を示したこの成果は、2019年の『Cancer Cell』に発表しました1)

 ONC201は、私がMDアンダーソンがんセンターで研究を始めた当初から対象としてきた薬剤です。2016年には、ONC201がAMLやマントル細胞リンパ腫に対してERストレスを介して作用することを報告しました。その後、ClpP活性化がその上流にあることを示し、作用機序の理解を深めていきました。

 さらに、この研究は臨床試験にもつながりました。論文発表前の2014年、MDアンダーソンがんセンター白血病科で、AML/MDSを対象とするONC201の第Ⅰ相試験が開始されたのです。自分が関わっている薬剤が、研究開始から約1年後には患者さんに投与されるようになった。この経験は、私にとって、トランスレーショナル研究を抽象的な概念から具体的な実感へと変える出来事でした。

 この流れの中で、私は2019年にAndreeff先生、共同研究者のBorthakur先生らとともに、FDA支援のR01研究費をco-PIとして獲得しました。この研究費のもと、ONC201の第Ⅰ相試験で治療を受けたAML/MDS患者さんから経時的に採取された末梢血・骨髄検体を用い、correlative studyを進めるプロジェクトチームを牽引しています。

 また、ONC201がBCL2阻害薬ベネトクラクスとの併用により強い相乗効果を示すことを明らかにし、その成果を2019年の『Leukemia』に発表しました2)。これを根拠として、ONC201の第Ⅰ相試験はFDAとの交渉のもと、ベネトクラクスとの併用療法を検証する内容へと改訂されました。

2026年2月、ヒューストン。テキサスバーベキューのレストランにて、研究者仲間とともに。左から蒲池和晴先生、大槻雄士先生、石澤氏、西田有毅先生。
2026年2月、ヒューストン。テキサスバーベキューのレストランにて、研究者仲間とともに。左から蒲池和晴先生、大槻雄士先生、石澤氏、西田有毅先生。

1) Ishizawa J, Zarabi SF, et al. Cancer Cell. 2019;35(5):721-737.e9.
2) Nii T, et al. Leukemia. 2019;33(12):2805-2816.

〈後編では、独立した研究室を率いる立場となってからのフェロトーシス研究、Clinical Facultyとしての白血病診療、大型グラントを獲得した研究者としての責務、そして今後の展望について、石澤氏にお話しいただきました。〉