34年の“外海回遊”を経て母校・北大の教授に
JCCG創設と小児成人移行期医療の体制づくりに尽力(後編)
真部淳(北海道大学 小児科 名誉教授)
2026.11.12
真部淳(北海道大学 小児科 名誉教授)
1960年、茨城県日立市生まれ。1985年3月、北海道大学医学部卒業。同年4月から聖路加国際病院で卒後研修を受ける。1989年10月、イタリア政府奨学生としてローマ・カトリック大学小児腫瘍科で臨床研修。1990年9月から米国・セントジュード小児研究病院血液腫瘍科で、ポスドク・フェローとして基礎研究に取り組む。1993年4月、聖路加国際病院小児科医幹。1997年4月、東京大学医科学研究所小児細胞移植科助手。2004年4月、聖路加国際病院小児科医長。2019年4月、北海道大学小児科学教室教授。2026年3月に退任し、同年4月、北海道大学小児科名誉教授。日本小児がん研究グループ(JCCG)創設メンバー、第3代理事長。
全国の研究グループを統合し、JCCGを創設
中央診断やデータセンターなど研究基盤を整備
2004年4月、3度目となる聖路加勤務が始まりました。細谷先生から「大学病院にいるだけでは臨床経験が不足する。そろそろ戻ってきなさい」と言われて戻り、それから15年間、聖路加で診療と研究に携わることになりました。
聖路加は、1969年に発足した東京小児白血病共同治療委員会の拠点でした。同委員会は1980年に東京小児がん研究グループ(TCCSG)となり、小児白血病の多施設共同研究を進めてきました。その後、全国の小児白血病研究グループは4つに集約され、2003年に統合されて、日本小児白血病リンパ腫研究グループ(JPLSG)が発足しました。
一方、固形腫瘍の領域では、神経芽腫、脳腫瘍、横紋筋肉腫など、疾患ごとに研究グループがつくられ、固形腫瘍共同機構として連携を進めました。そして2014年12月、JPLSGと固形腫瘍共同機構が統合され、日本小児がん研究グループ(JCCG)が発足しました。私も創設メンバーとして統合に携わり、後に第3代理事長を務めました。
小児がんは患者数が少ない一方、疾患の種類は非常に多岐にわたります。一つの施設だけで十分な症例を集め、質の高い臨床研究を行うことはできません。診断にも専門性が必要なため、JCCGでは各領域に精通した専門家による中央診断を行い、全国から集めた診療情報をデータセンターで継続的に管理する体制を整えました。検体を保存しておけば、新しい遺伝子異常などが見つかったときに、過去の症例にさかのぼって研究することもできます。
診断、検体、臨床情報を全国規模で集約することによって、競争的研究費を獲得しやすくなり、海外の研究グループとも対等に協力できるようになりました。大学や研究所を外部ラボとして活用することで、多くの共同研究にもつながりました。
また、大きな組織では、一部の人が長く権限を持ち続けない仕組みも重要です。JCCGでは、理事長や委員長などの任期を定め、委員を定期的に交代させることで、若い医師や研究者が参加できるようにしました。現在まで組織が円滑に運営されているのは、こうした仕組みによるところも大きいと思います。
34年ぶりに北大へ、小児がん診療の連携を強化
8分野をつなぎ、若手が研究できる環境を整える
聖路加での勤務が続くなか、北大小児科の教授選に応募しないかという声がかかりました。豊嶋崇徳先生にも北大の状況を尋ね、迷った末に応募しました。そして2019年4月、卒業から34年ぶりに母校へ戻りました。
北大に戻ると、小児科関係者だけでなく、札幌南高校の同級生、北大の他の医局の先輩や同級生、関連病院の院長など、かつての人間関係が一気によみがえりました。長く北海道を離れていましたが、高校と大学で築いたつながりに支えてもらいました。
在任中、北大小児科では、免疫、血液腫瘍、神経代謝、腎臓、内分泌、循環器、新生児、PICU(小児集中治療)の8グループが診療・教育・研究を担っていました。各領域の人材育成を進め、大学院生は最終的に27人となりました。小児科だけで全員を指導するのは難しいため、医学部の他講座、学内の他学部、東京などの研究所にも協力を仰ぎました。これは大学院生の教育だけでなく、診療グループ間の連携や新たな共同研究にもつながりました。
小児がん診療では、小児科だけでなく、小児外科、脳神経外科、放射線科、病理診断科、遺伝診療部門など、多くの診療科との連携が必要です。さらに、看護師、薬剤師、心理職、社会福祉士なども含めた多職種で患者さんと家族を支えなければなりません。北大では、症例ごとに最適な診療方針を検討するさまざまなキャンサーボードや多職種カンファレンスを充実させました。
退任に当たっては、こうした北大での取り組みを『北大式 小児がんのキャンサーボード―連携診療実践ハンドブック』としてまとめました。約40人の北大病院のスタッフが執筆に参加し、診断・治療から長期フォローアップ、晩期合併症、移行期支援、緩和医療までを扱っています。北大で築いてきた連携体制を、次の世代に残すための一冊でもあります。
血液内科と共に移行期医療を推進
症例ごとの対話を重ね、100人以上を成人診療科へ
小児がんの治療成績は大きく向上し、現在では約8割の患者さんが長期生存するようになりました。一方で、治療から年月がたった後に、内分泌障害、心血管疾患、認知機能への影響、二次がんなどの晩期合併症が現れることがあります。患者さんが30歳、40歳になれば、小児科医だけで診療を続けることには限界があります。
北大に着任した際、先天性心疾患の領域では、小児循環器科と成人循環器内科が連携し、患者さんを成人診療へつなぐ仕組みがすでに動いていました。それを見て、小児血液・腫瘍の領域でも同様の体制をつくれるのではないかと考えました。
そこで豊嶋先生に相談したところ、豊嶋先生も移行期医療を今後の重要な課題と捉えておられ、血液内科の先生方が積極的に協力してくださいました。私が北大に着任して約3カ月後には、小児科と血液内科によるカンファレンスが始まりました。豊嶋先生の決断の速さと、血液内科の積極的な姿勢がなければ、これほど早く体制を動かすことはできなかったと思います。
患者さんを成人診療科へ移すときは、紹介状を一通送るだけでは十分ではありません。小児期の病気や治療歴、今後注意すべき晩期合併症、患者さん本人と家族の状況などを、一例ずつカンファレンスで共有しました。移行後には、成人診療科の先生から経過を聞き、次の症例に生かしました。こうした積み重ねにより、100人以上の患者さんを成人診療科へつなぐことができました。
成人診療科にとって、小児期に発症する疾患や、小児期に受けた治療の晩期合併症は、必ずしもなじみのある領域ではありません。一方、小児科には、成人期に起こる疾患や健康上の問題について、成人診療科から学ぶことがあります。小児科が一方的に受け入れを依頼するのではなく、互いの専門性を持ち寄り、学び合う関係を築くことが重要です。
2019年9月には、北大病院に「小児期・AYA世代がんセンター」が開設され、長期フォローアップや就学・就労支援などを多職種で行う体制が整えられました。さらに2021年には「小児成人移行期医療支援センター」が設置され、私は初代センター長を務めました。
これまでの取り組みは、主に北大病院で小児期から診療してきた患者さんを対象としていました。今後は、地域の小児科や小児病院で治療を受けてきた患者さんについても相談や紹介を受け入れ、地域の医療機関と連携しながら、適切な成人診療科へつなぐ体制を広げたいと考えています。特に、成人診療科を持たない小児病院の患者さんを、どのように成人医療へつなぐかは、今後の重要な課題です。
移行期医療は、患者さんの診療を小児科から成人診療科へ移すだけではありません。患者さん自身が病気や治療歴を理解し、自分の言葉で医療者に伝えられるようにする自立・自律支援も欠かせません。そして、小児科だけが努力しても移行期医療は成立しません。受け入れる成人診療科がその意義を理解し、共に患者さんを診ようとしてくれることが、体制を機能させる鍵になります。
医学生との対話で大学教育の価値を再発見
専門を越えて学ぶリベラルアーツの大切さを伝える
北大に戻って新鮮だったのは、医学生との関わりです。聖路加にも医科研にも医学生はいなかったため、“医学生再発見”という気持ちになりました。若く、その分、大きな可能性を持つ医学生と接することは、とても刺激的でした。
毎週、小児科の全科実習に回ってくる4人ほどの学生を相手に、対話を中心とした90分間の実験的な授業を行いました。医学の基本や新しい治療法だけでなく、英語という言語の成り立ち、世界史の中の医学、小児医療の本質である人間の成長と発達など、テーマは多岐にわたりました。学生の反応は毎回異なり、ときには見事な切り返しもありました。そうした対話を通じて、大学という最高学府の価値を改めて実感しました。
かつて私が北大で学んだころ、教養課程は2年間ありました。現在は専門分野に早く触れることが重視され、教養課程は短くなっています。専門教育を早く始めることにも意義はありますが、若い時期に文学、歴史、言語、芸術などにじっくり触れる時間が減ってしまったことには、少し寂しさを感じます。
私の好きな絵に、ラファエロ・サンティの『アテネの学堂』があります。時代の異なる古代ギリシアの哲学者や科学者たちを、一堂に集めた作品です。中央にはプラトンとアリストテレスが描かれ、ヘラクレイトスにはミケランジェロの姿が重ねられています。画面の右端には、ラファエロ自身も描かれています。また、プラトンはレオナルド・ダ・ヴィンチをモデルにしたという説もあります。古代の知と、ラファエロが生きたルネサンスの人々とが、一つの空間に重ね合わされているのです。
私は教授室の壁にこの絵を貼り、日々眺めていました。医学だけでなく、人文科学、社会科学、自然科学、芸術など、幅広い分野に関心を持つことは、医師や研究者が人間と社会を理解するうえで大切です。若い医師や研究者には、専門を深めるとともに、今のうちから医学以外の幅広い分野に触れてほしい。それが、これからの長い歩みを豊かにしてくれると思います。