基礎と臨床の架け橋に立ち、
難治性がんの新たな治療開発を目指す
ミトコンドリア、アポトーシス、
フェロトーシスから細胞死制御の全体像へ(後編)
石澤丈(MDアンダーソンがんセンター 白血病科 Associate Professor/Clinical Faculty)
2026.09.24
フェロトーシス研究を基盤に、Clinical Facultyとして臨床の場へ
2017年、私はMDアンダーソンがんセンター白血病科のResearch Faculty Instructorとなりました。2018年にはResearch FacultyのAssistant Professorとなり、ポスドクや実験助手を含む小さなチームを率いて、白血病・リンパ腫に対する新規治療標的の探索と創薬分野のトランスレーショナル研究に取り組むようになりました。
この時期、研究領域はアポトーシス、ミトコンドリアから、細胞死制御機構全体へと広がっていきました。特に着目したのが、アポトーシスとは異なる細胞死であるフェロトーシスです。AML細胞が治療抵抗性を獲得する背景には、がん細胞がどのように細胞死を回避しているのかという問題があります。そこで、ミトコンドリア機能とフェロトーシスの関係を明らかにし、それを治療標的として利用できないかと考えました。
その成果の一つとして、内因性のフェロトーシス抑制因子であるGPX4を阻害すると、AML芽球においてミトコンドリアに依存したフェロトーシスが誘導されることを明らかにしました。さらに、ONC201によるClpP過剰活性化と組み合わせることで、フェロトーシス誘導が相乗的に促進されることも示しました。この研究成果は、2024年に『Leukemia』に発表しました1)。
こうした研究成果を基盤として、2023年には、単独PIとして米国国防総省(DOD)のPRCRP Impact Awardを獲得しました。研究課題は「Targeting Ferroptosis and Mitochondrial Pathways in Acute Myeloid Leukemia」で、2023年9月から2026年8月までの3年間、総額約162万ドルの大型グラントです。
現在は、ポスドク2人、インストラクター1人、ラボマネージャー1人からなる小規模な研究チームを率い、「フェロアポトーシス」という新たな治療概念の確立を目指しています。これは、アポトーシスとフェロトーシスを別々の細胞死として捉えるのではなく、両者の相互作用を治療に活かそうとする考え方です。具体的には、既に別の疾患に対し臨床応用が確立した薬剤(drug repurposing)を組み合わせて、この治療概念を実用化するための前臨床研究を進めており、MDアンダーソンがんセンターでの臨床試験につなげる計画も並行して進めています。
一方で、2021年には、Research FacultyからClinical Faculty(tenure-track)へと移行しました。研究教員として成果を積み重ねてきたことに加え、日本で血液内科専門医としての臨床経験を持っていたこと、そしてMDアンダーソンがんセンター側のポジション、およびテキサス州における医師免許制度とが偶然に全て合致したことが、この移行につながりました。Research FacultyからClinical Facultyへ移るのは珍しいキャリアパスですが、これにより、私は再び患者さんを診療し、治験にも臨床医として関わることができるようになりました。さらに2026年9月には、同センター白血病科のAssociate Professorに昇格しました。
Clinical Facultyになったことで、研究と臨床の距離はさらに近くなりました。患者さんの診療に携わりながら、同時に自分の研究成果をどのように治療開発へ展開していくかを思い描く。これは、bench-to-bedside、すなわち基礎研究の知見を臨床へ橋渡しするという理念を、自分自身の立場で体現するものだと考えています。
もちろん、研究室を運営しながら白血病診療に携わることは、身体的にも精神的にも負荷が大きいものです。日々の実験はスタッフが中心になって進めますが、PIとして常に研究に関わり続ける必要があります。一方、臨床では、患者さん一人ひとりの状態を把握し、その時々で最善の対応を考えなければなりません。それでも、基礎研究、臨床、患者さんをつなぐことは、自分が目指してきたことそのものです。負担はありますが、それ以上に得られるものが大きいと感じています。
米国内外の研究者との共同研究も広がっています。MDアンダーソンがんセンター内の共同研究者に加え、カナダ・トロントのPrincess Margaret Cancer Centre、インドのACTREC(The Advanced Centre for Treatment, Research and Education in Cancer)、名古屋市立大学、藤田医科大学、日本のバイオベンチャーなどとの共同研究も進んでいます。こうした取り組みにより、2023年の米国血液学会(ASH)年次総会で「ミトコンドリアバイオロジー」セッションの座長を務めたり、7カ国8つの主要ながんセンターから研究代表者(PI)が集う新たな国際学術ネットワーク「C8」へ参画する機会にも恵まれました。国際的にも、研究の位置づけが少しずつ明確になってきていると感じています。
がん研究者としての責務を胸に、細胞死制御研究を次の展開へ
これまでの実績だけを見ると、順調に研究者としてのキャリアを積み重ねてきたように見えるかもしれません。しかし、研究を継続するには、常にグラントを獲得し続ける必要があります。そのためには、研究成果を論文として発表し続けなければなりません。
2023年に獲得したDODのPRCRP Impact Awardは3年間の大型グラントですが、期間が終われば自動的に研究費が継続されるわけではありません。研究を続けるためには、成果を論文として示し、次のグラントに申請し続ける必要があります。私の場合は幸いに2026年以降の新たな大型グラントを獲得できましたが、大型グラントに依存しすぎると、研究室を継続的に運営していくうえでのリスクにもなるため、他の研究費にも並行して申請しています。
現実には、10件以上のグラントを書いて、ようやく1件採択されるかどうかという厳しさがあります。特に基礎・トランスレーショナル研究は、すぐに成果が見えるとは限りません。研究を軌道に乗せるまでにも時間がかかります。現在の研究室も、立ち上げから3年を経て、ようやくチームとして形になってきたところです。
このようにグラントを獲得できたことを、私は、研究者として生きていく権利をいただいたのだと自覚と覚悟を持って受け止めています。そして、その権利には責務が伴います。難治性がんに対して、基礎研究の知見に基づいた新たな治療法を確立する。そのビジョンに向かって研究を進めることが、グラントをいただいた者としての責務だと考えています。
臨床の現場では、治癒に向かう患者さんがいる一方で、現在の治療では救えない患者さんもいます。目の前の患者さんを診ているからこそ、治療抵抗性のがんを少しでも治る病気に近づけたいという思いは強くなります。そのためであれば、研究室継続のためのこの程度の苦しさは自身へ与えていただいた使命の証でもある、そう感じています。
今後の研究では、アポトーシス、フェロトーシスに加え、ネクロプトーシスなども含めた細胞死制御機構全体を視野に入れています。これまでの研究はAMLを中心に進めてきましたが、細胞死制御は血液腫瘍だけに限られる現象ではありません。がん細胞がどのように細胞死を回避し、どのように治療抵抗性を獲得するのか。この問いは、固形腫瘍にも共通するものです。
私の原点には、Medical Oncologyへの関心がありました。がんを臓器ごとの縦割りではなく、横に見るという考え方です。佐谷先生の研究室で腫瘍生物学を学んだ経験も、振り返れば、がんを横断的に捉える視点につながっています。今後は、AMLで得られた細胞死制御の知見を、血液腫瘍に閉じず、固形腫瘍にも横展開していきたいと考えています。
研究テーマを広げることは簡単ではありません。私はもともと、一つのテーマに集中すると、その領域に深く入り込む傾向があります。だからこそ、意識的にボーダーを作らないようにしています。領域の境界を越えるというより、最初から境界を固定しすぎない。そこに新規性が生まれるのではないかと考えています。
若い臨床医や研究者の先生方、そしてそこを目指す学生の方々には、自分のビジョンを言語化する機会をぜひ持ってみてほしいと思っています。ビジョンは絶対に持っていなくてはならないものではないですし、必ずしも具体的なものでなくても良いと思っています。ただ、それを一度言語化しておくことで、研究人生の道標として役立つものだと感じています。私は、ビジョンは灯台の灯のようなものだと考えています。一つの光軸はある。しかし、その光は遠くへ進むほど広がっていきます。キャリアも研究も同じです。確かな軸を持ちながらも、その先に広がりを持たせることで、思いがけない出会いや機会が巡ってくるものであり、そしてそれらを柔軟に自身の人生に取り込むことができます。
ビジョンを言葉にできれば、必要な仲間、先輩、メンターにそれを伝えることができます。私自身も、多くの人との出会いとご縁に導かれてきました。慶應時代のメンター、MDアンダーソンがんセンターでの出会い、研究をともに進めてきたメンティーや共同研究者の皆様、そして家族の支えがあって、ここまで進んでくることができました。これからも、難治性がんに対する新たな治療法の確立を目指し、基礎研究と臨床、そして患者さんをつなぐ架け橋となる研究を続けていきたいと考えています。
1) Akiyama H, et al. Leukemia. 2024;38(4):729-740.